山梨県甲府市を拠点に、口腔周囲筋ケア専門のフリーランス歯科衛生士として活動する高見澤亜衣さん。歯を長持ちさせ、健康的に機能させる口腔周囲筋ケアとはどういうものなのか。患者のニーズを汲み取り、歯科衛生士の新たな可能性を掘り起こす高見澤さんにその想いを伺った。

profile

高見澤亜衣(たかみざわ・あい)

一般歯科、矯正専門歯科での臨床経験、エステティシャンの知識を活かし、口腔周囲筋ケアを編み出す。現在は、フリーランスとして歯科医院やエステサロンに勤務しながら、口腔周囲筋ケア認定歯科衛生士、ケアセラピストの育成に力を注いでいる。

https://cocreateai.wixsite.com/mysite
https://www.instagram.com/ai.takamy/


―口腔周囲筋ケアを始められたきっかけは何だったのでしょうか?

高見澤 出産を経て復職したのが矯正専門の歯科医院だったのですが、デンタルエステを始めるとのことで、私に担当の声がかかったのです。エステティシャンの資格を持っていましたので、どちらの仕事もできて楽しそうだなと思って引き受けました。予想とは異なり、全身的なエステとデンタルエステは全く違うものだったのですが、デンタルエステやMFT(口腔筋機能療法)を勉強していく中で、予防歯科の一環として口腔周囲筋のケアに興味を持つようになったのです。

―これまでの予防歯科とは別のアプローチで口腔周囲筋ケアを考えられたわけですね。

高見澤 私たち歯科衛生士の仕事の大半は予防歯科にあります。しかし、クリーニングもしてSRPもして、TBIもばっちりだとしても、お口の使い方次第で歯が長持ちするかしないかが変わってくるんですよ。私が担当していた患者さんでも、セルフケアもしっかりしていてメインテナンスにも必ず来てくださっていても、歯が割れてしまって上手にお口を使えなくなってしまった方がたくさんいらっしゃいました。それであれば、歯や歯肉のケアだけでなく、使いやすいお口の環境作りのために口腔周囲筋肉をケアし、その方に合わせたお口の使い方をお話することにより、歯を長持ちさせることができるのではないかと考えるようになったのです。

―うまく口を使えていない人はそんなに多いのですか?

高見澤 特に、30、40代に多く、食いしばりや歯ぎしりなどで、歯が破折したり、歯周病の進行が早まってしまったり、補綴物のメタルが脱離してしまう方などが多いです。さらに、肩凝りや頭痛などの全身の症状や精神的な症状まで出てきてしまいます。

―食いしばりや歯ぎしりというと睡眠時を思い浮かべますが、日中でもそのようなことが起こっているのですか?

高見澤 食事をしているとき以外は、安静空隙と言って上の歯と下の歯が2mmから3mmぐらい離れているのですが、一般の方はそういうことを知りませんので、上下の歯がきちんとくっついている状態が正常だと思われている患者さんが結構いらっしゃいます。その状態で、微かな力でもかかり続けてしまうと、歯にも負担がかかりますし、筋肉も休む暇がないので、歯も筋肉も疲労してしまうのです。それならば上下の歯を離してしまえばいいということになりますが、そういう方々には離せない原因がそれぞれにあります。ストレスなどの精神面だったり、栄養面だったり、全身との関わりだったり、生活環境だったり、癖だったり。そういったことを患者さんとお話しながら一緒に紐解いていって、原因から改善していかなければなりません。また、忙しくて時間がないせいか、単純に噛む力が強い人も多いです。早食いの方は、顎の筋肉の瞬発力で噛んでいるようなもので、ほとんど固形のまま飲み込んでしまっていて胃腸への負担が大きくなっています。そういう方には、まず自分自身の噛む力が強すぎることを認識していただいて、どれぐらいの力で噛むことが適切なのかを知っていただくことが大切です。それから、ゆっくり丁寧に噛むように気を付けていただいたり、口腔周囲筋のケアで筋肉を柔らかい状態にして噛む練習をしていただいています。

―歯科診療においてのメリットもあるのでしょうか?

高見澤 患者さんの中には、開口がうまくできない方や口を開けているとすぐ疲れてしまう方、嘔吐反射が酷い方がいらっしゃいますが、診療の前に口周りを少しマッサージするだけで楽になられたのです。実はこのことがきっかけで、噛む力やお口の使い方と口腔内の繋がりを意識するようになりました。それから、訪問歯科の現場でも有効です。寝たきりなどで口を動かさないと筋肉が固まってしまうと、どうしても口腔ケアがしづらいですし、唾液も出にくくなってしまいます。歯科衛生士はもちろん、ご家族の方や介護士にも教えることができますので、いわゆるタッチケアのようなコミュニケーションの手段としても使えると思っています。

―フリーランスとしてやっていこうと思ったきっかけはあるのですか?

高見澤 勤め先のクリニックで口腔周囲筋ケアをやっていく中で、「これを多くの人に知ってもらいたい」という気持ちが強くなってきました。そんなときに、長年通ってきてくださっていた患者さんから、「私と同じようなことで困っている人が全国にたくさんいるから、もっと外に出て広めるべきよ」と真面目にお話いただいたんです。そのときに決心して、何も考えずに飛び出しちゃいました(笑) 不安もありましたが、ありがたいことに患者さんがご家族や友人・知人に広めてくれたりして、徐々に興味を持って下さる方が増えてきたのです。並行して、口腔周囲筋ケアを学びたいという人も増えてきて、セミナーを立ち上げることもできました。

―セミナーではどのようなことを教えていらっしゃるのですか?

高見澤 施術の仕方やテクニック的な部分ももちろんお伝えするのですが、患者さんのバックグラウンドから不調の原因を探ることに重きを置いています。そういった口腔内の診断力を養わずにケアをしても、ただのマッサージになってしまいますから。また、受講される方の働いている環境は、地域や患者層、院長先生の考え方などそれぞれ違いますので、まず自分が働いているところはどういうところなのか、歯科衛生士として今後どうなりたいのかという目標をお聞きした上で、そこに口腔周囲筋ケアをどう活用できるかを一緒に考えていきます。私もこれまでいくつかのセミナーを受講してきましたが、受けたはいいけれども活用できていないことがたくさんありまして、教える身になったときにそれは避けたいなと。ですから、受講者はもちろん、勤め先のクリニックで考えややり方に即して、内容も変えながら柔軟に対応しています。

―2019年には、口腔周囲筋ケア認定歯科衛生士制度も立ち上げられたそうですね。

高見澤 1年間、私とのマンツーマンのプライベートレッスンを修了された方のみ認定試験の受講が可能です。プライベートレッスンでは厳しく指導させていただいています。難しい内容ですが、合格するまで私がしつこく指導しますので大丈夫です(笑) ある部分が理解できていなさそうだったら、試験の前に連絡して、「もう一回練習しようよ」というような感じで。合格した後でも、1年に1、2回は技術チェックさせてもらっています。

―資格を取得した後でも関係が続いているのは珍しいですね。

高見澤 口腔周囲筋ケア認定歯科衛生士の皆さんには、「お母さん」と呼ばれているのですが、私もファミリーだと思っています。定期的に交流会も開催していますし、巡業のような形で全国各地の認定歯科衛生士さんのところに会いにいったりもしています。皆さんの成長を感じるのも楽しいですし、情報交換やディスカッションをしていると刺激をもらえますね。

―今後の目標を教えて下さい。

高見澤 歯科衛生士の方々が、口腔周囲筋ケアの学びをきっかけに、歯科衛生士であることに幸せを感じることができるきっかけになるといいと思っています。そして、彼女たちが活躍できるフィールド作りと、活かすべきフォローも今後の目標の一つです。また、歯科医療従事者はもちろんなんですが、理学療法士や管理栄養士、エステティシャンなど多職種の方と連携したり、歯科以外の業界に働きかけていくことで、一般の方にもより口腔周囲筋ケアを知っていただきたいですね。

Previous post 思い立ったら即予約、おひとり様歓迎の温泉宿。