高齢化社会が進む中、要介護者への口腔ケアはもちろん、咀嚼や嚥下機能の改善・維持を主体とした食支援の必要性がますます高まっている。訪問歯科における人材育成、スタートアップコンサルティングを行う『エンパシティックライフ』の宮本さんに、活動内容や想いを伺いました。

profile

宮本友未(みやもと・ゆみ)

一般歯科で約6年、フリーランスとして約8年、外来・訪問診療にかかわらず歯科衛生士業務に従事。2019年、一般社団法人エンパシティックライフを設立。「食べるよろこびを共に支える」の理念のもと、訪問歯科の現場で活躍できる歯科衛生士の育成に尽力している。

https://empathetic-life.net/


―訪問歯科診療に従事されるようになったきっかけは何だったのでしょうか?

宮本 もともと歯科衛生士として働いていたわけではなく、結婚して出産もして、子どもが2歳のときに資格を取得したんです。初めて勤めた東京の歯科医院では、その遅れをカバーするために、何でもやらせていただけることはやりたいと思っていましたので、自分から立候補して1年目から院長先生の訪問診療に同行させていただきました。もちろん外来診療にも携さわらせていただいていたのですが、私としては訪問診療の時間が楽しくて、充実感があったのです。

―お子さんが生まれてから歯科衛生士の資格を取得されるのは珍しいケースですね。

宮本 その後、愛知県に移って、訪問診療をしていない歯科医院で働いていたのですが、出産と妊娠、子育てで休んでは復帰するというサイクルの中、子育てしながら働ける状態を作るにはどうしたらいいのかというジレンマを感じていました。クリニックや患者さんに迷惑をかけないと働けない状態は、自分にとっても幸せではないし、子どもにとっても幸せなことではないでしょう。ただ、私の努力だけではどうしようもない問題だなと。そんな中で、5人目が生まれたときに、フリーランスとして独立を決意しました。最初は、スタッフ教育を主に行っていたのですが、依頼主の院長先生から訪問診療をお願いされまして、再開することになったのです。それから、スタッフ教育と訪問診療を両立していたのですが、ありがたいことにやればやるほど訪問診療のオファーも増えてきて、さすがに一人では対応しきれない状態になってしまいました。そこで誰かにお願いしようとしても、訪問診療をしたことがないという歯科衛生士が多く、仕事をお願いすることもできません。それで、訪問診療ができる歯科衛生士を育成する会社を立ち上げることにしたのです。

―外来診療と訪問診療では、難しさが違ってくるのでしょうか?

宮本 患者さんによって口腔内の状態は様々ですので、アプローチの仕方は変わってきますが、それでも外来診療であればある程度のパターン化が可能です。しかし、訪問診療になりますと、重度の寝たきりの方もいらっしゃれば、自立歩行ができたとしても認知症を患っていらっしゃったり、障害を持ったお子さんもいらっしゃいます。また、自分で歯磨きができなかったり、ご飯を食べられない方も多いですし、極端なことを言えば、急に発作が起きて亡くなってしまう可能性もゼロではありません。口腔ケアにしても、外来と違って、ちょっとしたことが事故に繋がりますし、誤嚥性肺炎を起こしてしまうリスクもあります。このように、色々な事に気を付けなければなりませんし、もしそういったことが起こっても、自分の頭で考えて臨機応変に対応しなければいけない難しさがあると思います。

―そうなってくると、患者さん本人や周りの方とのコミュニケーションも重要ですね。

宮本 そうですね。コミュニケーションをとることは、訪問診療において最優先事項です。外来診療では、歯科医師や自分がやることや行ったことを説明する場合が多いので、こちらが伝える側になりますが、訪問診療ではまず患者さんのニーズや想いを把握しなければなりません。相手が何を求めていて、それに対して何を提供できるのか、常に会話のキャッチボールが必要になるのです。しかも、言葉を発せない患者さんもいらっしゃいますので、表情で感情を読み取ったり、ご家族や介護施設のスタッフさんにお話しを聞いたり、過去の資料を読み込んで観察するなど、関節的な情報から探り出さなければいけないケースもあります。

―訪問診療の場合、口腔ケアを拒否されるケースも多いと聞きます。

宮本 基本的に訪問診療を依頼しているのは本人ではないことがほとんどですので、知らない人が来て歯磨きをしますよと言われても、嫌なわけです。すぐに歯磨きを受け入れてくれる人は全体の2割ぐらいですね。ですから、関係のない話で仲良くなって、手や顔のマッサージをして気持ちよくなってもらってから、歯も綺麗にしておきましょうというような感じで、歯磨きをする前のステップが重要になります。それから、なぜ口腔ケアをするのかという目的や意義を説明して理解していただかなければうまく進みません。誤嚥性肺炎の予防としても重要ですし、何より最後まで自分の口で食べてもらうためには口腔ケアが必要だと分かっていただくことが大切です。

―口腔ケアだけでなく食支援にも力を入れられているのですね。

宮本 訪問先には、食事がうまくできず経口摂取を諦めてしまっている方が結構いらっしゃいるんですね。そういう方には、フードテストと言いまして、実際に食事の場に同席して、頸部聴診で嚥下の音を聞いたり、舌や頬が動いているかを確認したり、一口量のスピードを計ったり、様々なことを観察して、どこに問題があるのかを歯科医師と連携しながら診ていきます。その診断をもとに、口腔ケアで歯や口内環境を整えることはもちろん、舌や頬を使うトレーニングをしたり、食事の形態を変更したり、食事の際の姿勢を見直したり、できるだけお口から食べられるようにしていくわけです。もちろん全員が食べられるようになるわけではありませんし、食べられるようになる人は割合にすると凄く少ないのですが、年に2、3人ぐらいは経口摂取は無理だと思われていた人が食べられるようになります。そういった可能性を信じて、最初から無理だと諦めるのではなく、トライしていくことも大切だと思いますね。歯科にはそれだけの力があると思います。

―通常の衛生士業務だけでなく、様々な知識やスキルが求められる中で、人材育成も大変なのではないですか?

宮本 正直なところ、外来診療を続けてこられた人でも全然上手くいかずに衝撃を受ける方がほとんどです。ただ、最初は誰でもそんなもので、続けていけばできるようになります。そうして自分のレベルが上がれば、視野が大きく広がりますし、患者さんとの距離が近い分、外来では体験できないような感動にも出会えるはずです。歯科界にとっても、高齢化社会が進む日本において、トータルで食事のサポートができる人材育成は急務ですし、それができなければ生き残っていけないのではないかとさえ感じます。正直なところ難しい面は多々ありますが、歯科衛生士の可能性を広げるためにも頑張っていきたいですね。

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