「事実は小説よりも奇なり」ということばが示すように、フィクションがあふれた世の中でも、私達を驚かすような出来事は数多くあります。こちらの連載では、シカジョの皆さまから寄せられた臨床現場での驚き体験をご紹介していきます。
「あれ?この患者さんって…」。そんなことが思い当たるかもしれません。
都心にも程よく近い、コンパクトで落ち着いた街に、頼れる歯医者さん『メディちゃんデンタルクリニック』はあります。そこで働く明るく元気な歯科衛生士、三楢井しい(仮名・ミナライ シイ)。
無口で照れ屋、だけど優しい鹿石院長(仮名・シカイシ インチョウ)と、頼れる先輩衛生士の永聖寺あい先輩(仮名・エイセイジ アイ)と日々楽しく診療に励んでいます。いつも笑いが絶えない職場で働く三楢井さんですが、そんな彼女が唯一抱えているモヤモヤ、それは――
「ここに来る患者さん、なんか変じゃないですか!?」
一癖も二癖もある患者さんに翻弄される三楢井さんの一日を覗いてみましょう。
第1話 田中さん
「銀歯が取れた」。
いつものように開院前の準備をしていると、ぶっきらぼうに話す少し気難しそうな男性が来院されました。年の頃は、50代…?
突然の問いかけにあっけにとられる三楢井さん。それとは対照的な永聖寺先輩。
「あら田中さん!久しぶり!!お元気でしたか~?」と明るく話しかけます。
「元気も何も歯が取れたんだって。早く診てよ」と急かす田中さん。
院長に主訴を伝え、ユニット周りやカルテの準備をしている三楢井さんに、
「田中さん、詰め物が外れたときだけ来るの。ちょっと癖が強いけど、面白い人だから診てみなよ。」と永聖寺先輩が声をかけます。
院長の口腔内チェックの結果、詰め物は再製に。ただ失活歯だったためまずはクリーニングをすることになりました。
「はじめまして、衛生士の三楢井です。お口の中、診ていきますね」
不機嫌そうな表情にプレッシャーを感じながらもお口をみると、とんでもない光景が…。
見渡す限り一面真っ赤でぷよっぷよの歯茎!
べったり付着したプラークと地層のように積み重なった歯石!
これはやりがいがありそうな口腔内!
先ほど萎縮していた三楢井さん、歯科衛生士としての使命がメラメラと燃え、全集中。
なんとか本日分のクリーニングが終了。
「お疲れ様でした。次回の来院時はぜひ歯ブラシをお持ちくださいね。ちなみに一日何回歯を磨きますか?」
「風呂に入る時にしかしないよ」
一日一回の歯磨きではまたすぐに元の状態に戻ってしまう。このままでは焼け石に水。なんとか行動変容させなくては…!!
「なるほど。では、朝か夜、あともう一回だけ歯磨きの回数を増やしてみましょう。最悪、数十秒でも結構です。このままだと、歯周病はどんどん進行してしまいます。」
「??? 朝か夜って、毎日歯磨きしろってこと?そんなのムリムリ、絶対無理!」
…??? さっき「お風呂にはいる時に歯磨きしてる」って言っていたような?
これは、まさか…、
「田中さん、お風呂にはどんな頻度で入っていますか?」
「10日に一回くらいじゃない?まぁ、多いときは一週間に一回入るけど。」
ひゃーーーーーーーーー!
さっき私がみた食渣は、一週間分の献立だったということ…?
じわじわとわいてくる実感と恐怖に頭が真っ白になっていると
「歯磨きもお風呂も毎日の方がいいよって毎回お話ししてるじゃないですか~!」
後ろでケラケラと笑う永聖寺先輩の声でハッと我に返りました。
「っそ、そうです!どちらも毎日が望ましいかと!いきなり毎日が難しいなら、せめて二日に一回はいかがですか!」
とにかく歯磨き(とお風呂)の回数を少しでも増やすようにお願いすると、
「うーん、じゃあ三日に一回になるよう努力はするよ…」
と、お約束いただけました。まだまだ先は長そうですが、田中さんにとっては大きな一歩だと信じましょう。何事も小さなことからコツコツと、ですね。
帰っていく田中さんの背中を見送りながら、いろんな価値観の患者さんがいることにまだまだ勉強することがたくさんあるな、と背筋が伸びました。
さぁ、次の患者さんの準備をしましょう!
永聖寺先輩は言います。「それだけいろんな人が頼ってここに通ってくれるって、良いクリニックだよね!」
『メディちゃんデンタルクリニック』は、町の頼れる歯医者さん。
鹿石院長や永聖寺先輩、三楢井さんが醸し出す優しさと温かさが、クリニックを特別な場所しています。
こちらは実話をもとにした「記憶に残る患者さん」ロードショー。
明日もまた、いろんなトラブルを抱えた患者さんが訪れることでしょう。
つづく