「事実は小説よりも奇なり」ということばが示すように、フィクションがあふれた世の中でも、私達を驚かすような出来事は数多くあります。こちらの連載では、シカジョの皆さまから寄せられた臨床現場での驚き体験をご紹介していきます。
「あれ?この患者さんって、あの時の…」。そんなことが思い当たるかもしれません。

都心にも程よく近い、コンパクトで落ち着いた街に、頼れる歯医者さん『メディちゃんデンタルクリニック』はあります。そこで働く明るく元気な歯科衛生士、三楢井しい(仮名・ミナライ シイ)。

無口で照れ屋、だけど優しい鹿石院長(仮名・シカイシ インチョウ)と、頼れる先輩衛生士の永聖寺あい先輩(仮名・エイセイジ アイ)と日々楽しく診療に励んでいます。いつも笑いが絶えない職場で働く三楢井さんですが、そんな彼女が唯一抱えているモヤモヤ、それは――

「ここに来る患者さん、なんか変じゃないですか!?」

一癖も二癖もある患者さんに翻弄される三楢井さんの一日を覗いてみましょう。

第2話 佐藤さん

毎週金曜夜は兵庫に遠征という生粋のヅカファンである永聖寺先輩。
今夜は東京宝塚劇場の公演だそうで、「琥珀色の雨にぬれて」の鼻歌がスタッフルームから楽し気に聞こえてきます。
「先輩、ご贔屓の組の観劇前だから食欲がないって言っていたけど、元気そうでよかった。にしても年間200万も趣味に投資しててかっこいいな~」と、いつものように開院前の準備をしている三楢井さん。

本日最初のアポは穏やかで物静かな佐藤さんの義歯調整。一週間ほど前にセットした義歯に違和感ある、とのこと。
補綴科出身で義歯にとびきりこだわりのある鹿石院長がメインで処置してくださるので、アシストがメインです。

「佐藤さん、こんにちは~!」
「…こんにちは」

受付で挨拶をすると、なんだかいつもより元気がないご様子。新しい義歯に慣れず、どこか痛むのでしょうか…。

「すぐ診療室にご案内しますね、こちらへどうぞ」

とぼとぼとユニットへ移動する佐藤さん。いつもならニコニコと奥様とのご旅行の思い出などを聞かせてくださるのに、こんなに元気がないお姿は初めてです。
高齢の方の口腔内の変化は、ダイレクトに健康面へ影響を及ぼすこともあるので、デリケートな部分も多いのです…。

口腔内の様子と義歯の適合をテキパキ診察する鹿石院長。

「適合は問題なさそうですが、どのあたりが気になりますか?」
「なんというか、違和感があって…」
「違和感ですか。痛みはないですかね」
「痛みはないです、でも、その、違和感が…」
「お食事は問題なく食べられていますか?」
「それも大丈夫ですが、とにかく違和感が…」

何度調整してもなくならない佐藤さんの「違和感」に、義歯を睨みながらうーんと唸る院長。
院長が技工室へ入っていった、その時、

「あの、すみません、三楢井さん…」
「どうかなさいましたか?」

「…口笛が、吹けないんです…」

「…????」
「入れ歯が変わってから、口笛が吹けなくなってしまったんです…」

しょんぼりと肩をすぼめて小さくなる佐藤さんからとびだした「口笛」というワード。

「朝起きたら庭で口笛を吹いてスズメを呼んで…それで餌をあげるのが日課でした…ここ一週間スズメを呼べなくて、きっとみんなお腹を空かせています…!」

新調したばかりの義歯を何度も調整してもらっていることと、どんどん深くなる院長の眉間のしわが怖くて、本当のことが言い出せなかったと謝る佐藤さん。

「素敵な日課ですね!口笛のことを院長に伝えて、もう一度診てもらいましょう!院長の眉間のしわは、集中しているだけなので、気になさらなくて大丈夫ですよ」

少し安心した様子に私も一安心。

「院長!佐藤さん、口笛が吹けなくてお困りのようです」
「口笛?????」

頭一杯にはてなマークが浮かんでいる院長に事情を説明し、口笛が吹けるようになるための調整を再度行ったところ…

ぴゅ~~~♪

「やった!音が出ました!」

佐藤さんにいつもの笑顔が戻ってきました。

「半分諦めていたんです、でも相談してみて本当に良かった。ありがとうございます!」

明日の朝が楽しみだと足取り軽やかに帰っていった佐藤さんをみて、永聖寺先輩は言います。
「あの口笛なら月組のれいこ(月城かなと)にも負けないかもね!」

『メディちゃんデンタルクリニック』は、町の頼れる歯医者さん。
鹿石院長や永聖寺先輩、三楢井さんが醸し出す優しさと温かさが、クリニックを特別な場所しています。

こちらは実話をもとにした「記憶に残る患者さん」ロードショー。
明日もまた、いろんなトラブルを抱えた患者さんが訪れることでしょう。

つづく

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