全国的に珍しい口腔ケア専門サロンをオープン。
約20年にわたる臨床経験で得た豊富な知識やコミュニケーション能力を武器に、歯科医療行為を伴わないオーラルケアサロンを開業した前田さん。起業の道を選んだ理由、歯科衛生士としての可能性を信じ自らの道を切り拓こうとする想いを伺った。
PROFILE
前田奈美(まえた・なみ)
全国的に有名な予防型歯科医院にて約1400名の患者を担当。スウェーデン・マルメ大学の研修にも参加し研鑽を積む。2021年に独立し、口腔ケア専門サロンを開業。
オーラルケアサロン Lycka(リュッカ)
山形県酒田市山居町2-1-39
TEL.0234-25-5205
https://lycka-ocs.com/
―独立される前は予防歯科で有名な『日吉歯科診療所』で働かれていたとのことですが。
前田 『日吉歯科診療所』では、言われたことをやるのは当たり前。自分で考えて行動し、医院のために患者さんのために自分で何が出来るのかを常に考えて行動するプロの歯科衛生士になりなさいと言われてきました。専門学校を卒業して実際の臨床現場に出てみると、知識も全然足りませんし、プレゼン能力もないですから、患者さんへの説明の仕方も未熟だったと思います。ただ、自分の個室を与えられて歯科衛生士業務に専念されている先輩方を見て、私もそうなりたいと必死で勉強しました。大きなきっかけになったのが、スウェーデンのマルメ大学での研修に参加したことです。2007年に初めて開催された研修だったのですが、費用は実費負担ということで研修費はかなりの金額でした。「頑張って貯めていたお金がすっからかんになる。。でも行きたい!」。結局、意を決してマルメ大学の研修に参加することにしました。そんな姿勢を認めていただいたのか、7年目にしてようやくチェアを一つ配当され、専任で歯科衛生士業務をさせていただけることになったわけです。
―マルメ大学での研修に参加されて、いかがでしたか?
前田 予防先進国であり福祉国家のスウェーデンでは、歯科医療の哲学のみならずエビデンスベースの授業を受けました。加えて様々な施設見学もあり、有意義な研修で本当に多くのことを学ばせていただきました。何より、自分が目指す歯科衛生士像をはっきりとイメージすることができ、さらに頑張るためのエネルギーをもらえた気がします。また、2019年にもマルメ大学の歯科衛生士さんとコラボでセミナーをやらせていただきました。言語的なハードルが心配でしたが、やっぱり同じ仕事をしていると話が伝わるんですよ。相手に伝えようとお互いあの手この手で努力したりして。本当に楽しかったですね。そういった中で、「もう一回マルメ大学に行ってみたい。」という気持ちが強くなりまして、すでに子どももいたのですが、再度マルメ大学に行くことにしたのです。実際に行ってみると、2007年の時には感じることが出来なかった景色が見えてきました。初めてマルメ大学に行ったときは、「すごいな」と感心するばかりだったのですが、2回目は課題を感じたのです。自分自身の課題と、歯科衛生士としての課題、日本の歯科医療の課題など、感じることが沢山ありました。自分の中身が違うと、見える景色がこんなに違うんだと驚いたことを覚えています。
―『日吉歯科診療所』では臨床以外にも教育に力をいれられていたそうですね。
前田 『日吉歯科診療上所』は院内教育のみならず、外部の歯科医院への教育にとても力を入れており、私もそれに携わらせていただくことが多々ありました。自分がするのと誰かに教えるのでは、まず必要な知識のレベルが違います。院長の熊谷先生からも、「1つのことを教えるためには、10のことを分からないと教えられないよ」と言われましたが、本当にそうだと実感しました。ですから、とにかく勉強しないと追いつきません。知識はもちろん、分かりやすく伝えるためにはどうしたら良いかと、話の流れや言葉のチョイスなどさんざん考えました。大変でしたが、人に教えるようになってから、自分自身も格段にスキルアップしたと思います。
―独立開業するに至った経緯を教えて下さい。
前田 マルメ大学に行かせていただいたり、国内の勉強会などで色んな方々とお話をさせていただく中で、何となく自分の中で社会貢献という課題が見えてきたのです。このまま『日吉歯科診療所』で患者さんを診ていくことも素晴らしいと思いますが、後輩も成長してきて私以外にも出来る人は沢山いますし、私は他でもう少し成長しなければいけないのじゃないかと思い始めていました。そんなときに新型コロナウイルスが流行りはじめて、「今かな」と思い独立することにしたのです。ただ、独立開業すると言っても、法律上、歯科衛生士単独では医療行為を行えませんので、私が出来ることはあるのかと悩みました。ただ、「出来ない」ではなく「どうやったら出来るか」という風に考えようと。それで、法律を調べたり保健所や行政に問い合わせたりして、今のスタイルに行きついたわけです。
―サロンではどのようなことをされているのでしょうか?
前田 「パーソナル予防」をコンセプトにしておりまして、自分のリスクを知っていただき、リスクに応じたホームケアをするための情報提供をさせていただいております。リスクチェックのために唾液検査をしたり、プラークコントロールの大切さを理解してもらうために、位相差顕微鏡で染め出しをしたプラークを確認していただいたり、動画で細菌の動きを見てもらったり。まずはホームケアに対する意識が変わるようにアプローチしていきます。その上で、歯ブラシやフロスの選び方、ケアの仕方を教えたり。3ヶ月を目途にチェックして、ホームケアの質を上げられるように促していきます。
―実際、お客様のホームケアや意識に変化はございますでしょうか?
前田 うちのサロンに来られるお客様は、「もっと健康になりたい。綺麗になりたい。」というモチベーションがある方々ですから、歯科医院に来られる患者さんとは変わり方が全然違います。これには私も驚きました。もちろん、歯肉の炎症具合などで治療が必要と思われる方は、歯科医院の受診をお薦めしますので、歯科医院との相乗効果もあると思います。ホームケアの質が上がって歯肉の状態が良くなれば、治療もスムーズに進みますから、歯科医院にとってもメリットがあるのではないでしょうか。このようなサロンが全国各地に増えていけば、日本の歯科医療も変わっていくと思います。日本における予防歯科の新たなモデルを確立できるように、これからも挑戦し続けていきたいと思います。
自分が独立してサロンを開業したように、歯科衛生士が自分の得意分野に応じて、色々な働き方を選べる時代になれば日本の歯科医療は変わると語る前田さん。歯科衛生士の可能性を信じ、力強く歩みを進めている。